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【第3回】こんなモノ あんなコトまで「隠れ教育費 」|『新婦人しんぶん』2020年12月10日号  

第3回|なぜ私費負担が当たり前に?

 こちらの記事は、第2回|積み重なる教材の家庭負担の続きです。あわせてお読みください。

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※事前に許可を得て掲載しています。

〜以下、書き起こし〜


第3回 なぜ私費負担が当たり前に?

 学校では教科書以外に、ドリル・ワーク(補助教材)や鍵盤ハーモニカ、絵の具セットなどの「個人持ち教材」、算数セット、顕微鏡、大きなコンパスなど、多くの教材がある。こうした教材の多様化・拡充の歴史が始まったのは、物資不足を極めた太平洋戦争が終わったのち、1950年ごろから教材会社が急増したことによる。国定の教科書がかろうじてあるだけだった戦中の教室の風景は、様々な問題集、業者テスト、多様な教具・設備に囲まれた風景に変わっていく。

 義務教育段階の教科書代が無償となったのは1960年代。この教科書よりも早く、国は社会科の掛図や理科の模型など学校に備え付けられる教具類の公費保障に取り組んでいた。1952年に制定された義務教育費国庫負担法は、教育活動に必要な教具類のための予算の「一部」を国から学校へ配布することを規定していたのだ。「一部」を除く部分については、学校設置者負担主義に基づいて各自治体が費用負担することになっていた。しかし自治体の予算不足のため公費保障が叶わないものは、当時、文部省・連合国軍などによって導入が奨励されていたPTAが費用負担することも少なくなかった。学校へのPTAによる「半強制的な寄付行為」は、地方財政法により禁止され、PTAの「後援会化」は当時から問題視されていたという。

 一方、東京都や名古屋市では学校運営費標準制度が設けられ、私費負担として定めるもの以外のものの公費保障を進めた。府中市でも公費私費負担区分基準が制定された。しかし、これらは公費負担を確保する上では意味があるが、私費負担の固定化も招いた。個人に利益が還元するものは私費負担という考え方が1970年代に学校関係者や保護者に浸透し、「個人持ち教材は有償」ということが当然視されていった。

 このような背景のもと、個人持ち教材の購入とPTAを介した学校への「半強制的な寄付行為」が、家庭負担としてのしかかってきたのである。

(福嶋 尚子)

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